批判意見も多いの思いますが、どうしても書きたかったのでこっそり書きます。

僕は、「アイドル」という言葉を聞いて、どうももやもやした感情があったのです。

で、「アイドル」という言葉の、何が僕をそんな感情にさせるのか、何が嫌いなのかを考えてみました。正確に言うと、アイドルと呼ばれる芸能人が嫌いなのではなく、アイドルという肩書きが嫌いなのです。

なぜかといいますと・・・

idolという言葉は、「偶像視されるもの」とか「崇拝対象」であることを示すものです。意訳して「あこがれの的」と言い換えてもいいと思います。

そして、そうなること(崇拝対象にまで登り詰めること)は、「結果」であります。何か特異な努力をして他者とは違った特技を身につけたとき、そのことが世間から評価された結果ではないでしょうか。あくまでも、一般人とは違う特別な能力の評価の結果だと思うのです。

だから自らを「アイドルだ」と自称したり、あるいは「アイドルになりたい」「アイドルを目指す」というのは間違っていると、そう思うのです。僕にとって、それは、あらゆる評価基準や能力の獲得努力をすべてすっ飛ばして、ただ崇拝されたいという結果だけを追い求める、極めて短絡的な衝動であるように見えてならないのです。

そうではなく、ただひたすら、その特異な能力のために努力を続け、それを獲得した結果が評価されたとき、はじめて世間からアイドルだと呼ばれる、そういうものであるべきだと思うのです。僕の個人的な感情から言わせてもらうと、自らをアイドルと名乗ることは、非常に恥ずかしいことのように聞こえます。自ら「私は皆さんのあこがれの的でございます」「私は皆さんのあこがれの的になりたいのです」と言ってる人を想像してみてください。

そして、このアイドルという言葉に非常に似た響きの言葉があります。

「カリスマ」です。

もうほぼ同義の、恥ずかしい言葉といっていいと思います。

誰かが何らかの分野で、特異なリーダーシップを示すとき、世間はそれをカリスマと呼ぶでしょう。しかしながら、「カリスマ美容師」などと自称することは、世間からの評価を自ら代弁しているようで、まったくもって無駄で間違ったこと。あくまでも他者が判断することであり、自らの肩書きに加えるたぐいの言葉では決してないと、そう思うのです。

だって、人の評価基準なんて人それぞれじゃないですか。ある人の技術を優れたものとしてみる人もいれば、そうではないとみるひともいるでしょう。重要なのは、その分野で自分が技術を取得するべく努力することそのものであり、他者からの評価はその結果に過ぎないのです。

なのに、「俺はみんなから評価される凄腕の持ち主だ」と豪語することは、それを評価しない人を否定する行為であり、自らの努力を放棄するように聞こえます。

ですから、自ら「アイドル」と名乗ることや、「アイドル」という職業があること自体、僕は間違っていると、そう感じているのです。